令和8年度司法書士試験より~第16問民法 相殺~
令和8年度司法書士試験、民法第16問は、相殺に関する問題でした。
正しいものの組合せを選ぶ問題で、正解は4(イ・オ)です。
この問題も、相殺に関する条文を一つずつ確認していけば判断できます。
特に選択肢ウは、改正前の条文の内容がそのまま出題されたものです。
改正点こそ、条文の文言で確認しておくことが大切です。
はじめに、言葉を確認しておきます。
相殺は、互いに同種の債権を持っている場合に、対当額で消滅させる制度です。
相殺をする側の債権を自働債権、相殺される側の債権を受働債権といいます。
ア 相殺の意思表示には、期限を付することができる。
→ ✖(条件も期限も付けることができない)
民法506条(相殺の方法及び効力)
①相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。
②前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる。
まず、条件です。
相殺は、一方的な意思表示で、相手方の債権を消滅させる行為です。
そこに条件を付けると、相手方の立場が不安定になります。
つぎに、期限です。
第2項により、相殺は、相殺適状になった時にさかのぼって効力を生じます。
さかのぼるのですから、期限を付けても意味がありません。
イ 時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。
→ 〇(条文どおり)
民法508条(時効により消滅した債権を自働債権とする相殺)
時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。
相殺適状になった当事者は、お互いの債権は、もう決済されたものと考えるのが普通です。
その期待を保護するため、自働債権が時効で消滅した後でも、消滅以前に相殺適状になっていれば、相殺をすることができます。
ただし、判例は、すでに時効で消滅した他人の債権を譲り受けて、それを自働債権として相殺することはできない、としています。
譲り受けた人には、保護すべき相殺の期待がないからです。
ウ 連帯債務者の一人が債権者に対して債権を有する場合には、その連帯債務者が相殺を援用しない間は、その連帯債務者の負担部分について他の連帯債務者が相殺を援用することができる。
→ ✖(他の連帯債務者ができるのは、履行の拒絶まで)
民法439条(連帯債務者の一人による相殺等)
①連帯債務者の一人が債権者に対して債権を有する場合において、その連帯債務者が相殺を援用したときは、債権は、全ての連帯債務者の利益のために消滅する。
②前項の債権を有する連帯債務者が相殺を援用しない間は、その連帯債務者の負担部分の限度において、他の連帯債務者は、債権者に対して債務の履行を拒むことができる。
第1項は、相殺の絶対効です。
連帯債務者の一人が相殺を援用すれば、債権は、全ての連帯債務者の利益のために消滅します。
第2項により、その連帯債務者が相殺を援用しない間、他の連帯債務者ができるのは、負担部分の限度で「債務の履行を拒む」ことです。
相殺を援用することはできません。
改正前は、他の連帯債務者が相殺を援用できる、とされていました。
選択肢ウは、改正前の条文の内容です。
しかし、他人の債権を勝手に処分させるのは行き過ぎだ、ということで、改正により、履行の拒絶にとどめられました。
ここで、連帯債務を整理しておきましょう。
債権者Aに対して、BとCが100万円の連帯債務者である場合(BとCに各々50万円の負担部分がある)
→ Aは、BまたはCの1人に対し、100万円全額または一部の請求ができる(民436条)
①相対効の原則(民437条、441条)
-1 Bの債務が無効であっても、Cの債務には影響しない
-2 Bが債務を承認しても、Cの債務の消滅時効は更新しない
-3 A→Bに裁判上の請求をしても、Cの債務の消滅時効は更新しない
-4 AがBの債務を免除しても、Cの債務には影響しない
②更改の絶対効:AとBが更改した場合、Cの債務も消滅。BはCに50万円を求償可。(民438条、442条)
③相殺の絶対効:AとBが相殺した場合、Cの債務も消滅。BはCに50万円を求償可。(民439条、442条)
→ Bが相殺をしない間は、Cは50万円(Bの負担分)の債務の履行を拒むことができる
④混同の絶対効:A→Bに混同した場合、Cの債務も消滅。BはCに50万円を求償可。(民440条、442条)
⑤免除された連帯債務者に他の債務者が求償できる(民442条)
→ Bが債務を免除された場合、CはAに100万円を支払わなければならないが、Bに50万円を求償できる。
①の相対効が原則です。
一人に生じた事由は、他の連帯債務者に影響しません。
請求や承認、免除も、相対効です。
例外として、絶対効があるのは、②の更改、③の相殺、④の混同の3つです。
弁済を加えて覚えておきましょう。
③の相殺を、具体例で確認します。
BとCが100万円の連帯債務者で、負担部分は各50万円です。
Bが債権を持っているのに相殺をしない間は、Cは、Bの負担部分である50万円について、履行を拒むことができます。
エ 双方の債務の履行地が異なる場合には、相殺をすることができない。
→ ✖(履行地が異なっていても相殺できる)
民法507条(履行地の異なる債務の相殺)
相殺は、双方の債務の履行地が異なるときであっても、することができる。この場合において、相殺をする当事者は、相手方に対し、これによって生じた損害を賠償しなければならない。
履行地が異なっていても、相殺はできます。
ただし、相手方に生じた損害は、賠償しなければなりません。
たとえば、相手方が、別の場所で受け取るはずだったお金を、改めて運ぶ費用がかかった場合などです。
オ 債権が差押えを禁じたものである場合には、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。
→ 〇(差押禁止債権を受働債権とする相殺はできない)
民法510条(差押禁止債権を受働債権とする相殺の禁止)
債権が差押えを禁じたものであるときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。
差押禁止債権(例:給料債権の4分の3) 従業員 → 会社
⇒ このとき、会社は例えば従業員に対する損害賠償請求権と給与債権(4分の3)とを相殺することはできない
給料は、従業員が現実に受け取って、生活に充てる必要があります。
相殺で消されてしまうと、その目的が果たせません。
ですから、差押禁止債権を受働債権として相殺することはできません。
なお、従業員の側から、給料債権を自働債権として相殺することは、禁止されていません。
以上により、イとオが正しく、正解は4です。
選択肢ウのように、改正前の条文の内容が、ひっかけとして出題されることがあります。
私は、改正前の受験生なので、いまでもよく(?)引っ掛かります。
「相殺を援用できる」のか、「履行を拒むことができる」のか。
条文の文言を正確に覚えていれば、迷わず判断できます。
改正点こそ、条文の文言で確認する習慣をつけましょう!
